北村法律事務所 
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○知らぬうちに遺留分を放棄させられていた

財産を分散させないためと言われ

私の実家、佐藤家は、その地方では数少ない旧家のひとつで、父は先代から受け継いだ材木の事業をやりながら先祖からの広大な山林や田畑を守ってきました。跡継ぎは当然長男の重夫と決められており、兄は小さい時から私と妹の直子とは別格で大切にされてきました。

 

昭和45年、私の結婚話がまとまり挙式まであとわずかという三月、私と妹は父に連れられて家庭裁判所に行きました。行く前に父から、「お前たちには佐藤家として恥ずかしくない嫁入り支度をしてやる。また将来相当な財産も贈与してやるから、何を聞かれてもハイ、ハイと答え、異存ありませんと言うように。普通の家では財産を分散させないためにこういうことをやるものだ」

 

と言うようなことを言われていましたので、私も妹も、裁判官からいろいろ聞かれた時、あまり考えもしないで「はい、そうです」と答えておきました。

 

そして結婚。五年後には妹も結婚して家を出ました。結婚生活や子育てに追われ、私はそのうち、家庭裁判所に行ったことさえすっかり忘れてしまっていました。

 

ところが結婚18年目、夫が部下の女性と恋に落ちて家に帰らなくなったのです。何度も話し合いをもちましたが、結局離婚しました。実家の母はすでに亡く、父は入院していました。兄に相談しても、世間体があるから戻ってきてもらっては困ると言うばかりで、親身になってくれません。私が働いてもやっと年収200万円程度。2人の子供をかかえて苦しい生活が続きました。

 

 

平成2年9月、父が亡くなりました。私は相変わらずの貧乏生活、父の遺産をあてにしていなかったといえば嘘になります。そのうち兄のほうから遺産分けの話があるだろうと半ば期待しながら待っていました。

 

ところが兄からは何の音沙汰もありません。妹にも相談して二人で兄のところに行き、遺産分けはどうなっているのか聞いてみました。

 

ところが兄は、何でそんなことを聞くんだ、と言いながら、父の遺言を私たちに見せました。それは、「すべての財産を重夫に相続させる」と書かれた公正証書遺言でした。私は、遺言があっても、少なくとも遺留分というものがあることを知っていたので、兄にそう反論したら、「何を今さら言ってるんだ。昔、おまえらは遺留分放棄しただろう」と言いました。

 

私は最初、兄が何のことを言っているのかわかりませんでした。妹とふたりで記憶の糸をたどり、そういえば私の挙式直前に、父に連れられて家庭裁判所に行ったことがあったとようやく思い出したのです。あれがこういうことだったとは、まったく知りませんでした。私も妹も、嫁入り支度以外、父から財産を贈与してもらっていません。妹は仕方がないと言っていますが、私はこれからの生活のことを考えれば、頼りになるのはお金だけです。法律に無知だったことが悔やまれてなりません。

 

既に遺留分の放棄をしてしまっていたら、もうどうすることもできないのでしょうか。

 

●解説●

遺留分と遺留分の放棄

遺留分というのは、遺言でも犯せない法律の壁といわれています。

遺言が無ければ、民法に従った法定相続人が法定相続分を相続することになります。

遺言があれば、まず遺言が優先します。しかし、遺言でまったくもらえなかったり、少ししかもらえなかったりした相続人には遺留分というものが確保されているわけです。

たとえば、愛人をつくった男性が、その愛人にすべて遺贈するという遺言を書いて死んだとします。残された妻子は生活に困ってしまうことも十分に考えられるので、妻と子供たちにはそれぞれ法定相続分の2分の1の遺留分が確保してあるわけです。

本件の娘二人にも、法定相続分の2分の1の遺留分があることになります。

ただ、遺留分は当然にもらえるものではなく、自分の遺留分が侵害されていることを知った日から1年以内に遺言などでたくさんもらった人に対し、遺留分をわたすようにと遺留分減殺請求(①)をしなければなりません。遺留分減殺請求の通知は内容証明郵便でやっておく必要があります。

 

  • 民法第1042条(減殺請求権の消滅時効)減殺の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から、1年間これを行わない時は、時効によって消滅する。相続の開始の時から10年を経過した時も同様である。

なお遺留分(②)を放棄することもできます。

 

  • 民法1043条(遺留分の放棄)
  • 相続の開始前における遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けた時に限り、その効力を生ずる。
  • 共同相続人の1人のした遺留分の放棄は、他の各共同相続人の遺留分に影響を及ぼさない。

 

遺留分の放棄は、被相続人が生きている間でもすることができます。家庭裁判所で遺留分放棄の申述をして裁判所の許可を得ればいいわけです。この点は、被相続人が生きている間に相続放棄ができないことと大きな違いです。

家庭裁判所の許可を得た遺留分の放棄を取り消すのは、きわめて困難なことです。家庭裁判所としても、いったん許可したのにそう簡単に取り消されては法の安定性が失われるからです。

しかし、このケースのような場合は、取り消しが認められることもありますので、諦めないでください。

ただちに遺留分放棄許可の裁判の取り消しの審判申立を家庭裁判所にしましょう。

 

なお、法律に無知な方が、家庭裁判所へいったけれど、署名押印しなかったから自分には責任が無いはずだと主張することがあります。裁判所では署名押印をしなくても、裁判官の前で「はい、そうです」「間違いありません」などと言っただけで、自分も認めたという調書が作られますので注意してください。