北村法律事務所 
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○夫の死後店をここまでしたのは私なのに

夫の突然の死

結婚したのは22歳。26年前のことです。夫の道太郎は5人兄弟の長男で、舅の経営するとんかつ屋で舅と一緒に仕事をしていました。他に従業員も必要ないほどの小さな店ですが、場所がいいので、結構お客もあり、家族の生活を支える以上の売り上げはありました。姑も店に出ていましたが、私も結婚したら手伝うつもりでいましたので、新婚旅行から帰った翌日から早速店に出て、給仕や皿洗い、夜は帳面つけなど、一生懸命やってきました。

子供はなかなかできず、姑に「早く孫の顔が見たい」と何かにつけて言われ、つらい思いを味わいました。そっと産婦人科で診てもらったこともあります。ようやく一人娘を授かったのは32歳の時。結婚して10年後にやっとできた子供です。大切に育てましたし、夫も子煩悩で親バカぶりを発揮していました。

姑は、はじめ男の子でないことに不満そうでしたが、成長して可愛くなるにつれ孫の愛子を猫可愛がりするようになり、愛子を中心にしたあたたかい家族になっていきました。

ところが不幸は突然やってきました。夫が、急性白血病と診断され、若くしてこの世を去ってしまったのです。目の前が真っ暗になりました。当時、愛子はまだ8歳。泣いてばかりはいられません。私は40歳になっており、今さら兄夫婦の代になった実家に戻るわけにもいきません。この家で頑張らなくては、と思いました。

息子の死も重なってか、年齢のためにめっきり弱ってきた舅を助けながら、お店を切り盛りしていかなくてはなりませんでした。私は、よその店よりおいしいトンカツをつくらなくては。私なりにいろいろ工夫してみました。昼はランチで5種類、夜はトンカツ懐石などという高級メニューも用意しました。そんな効果もあってか、店の評判もよくなり、前よりも繁盛し始めました。近くの会社がよく使ってくださるようになり、店を改築して接客用の座敷も2つ作りました。従業員もパートを含めて4人雇うようになりました。

店の仕事に力を入れたのは、夫を失った寂しさを埋め合わせるためだったかもしれません。でも、そんなことより、とにかく4人の生活が小さな店にかかっていたのです。

姑は血圧が高く、寝たり起きたりの状態でしたが、夫の死から2年後になくなっていました。舅と娘の3人暮らしの中で、舅はだんだん私を頼りにするようになり、何かにつけては「すまんのう」というのが口癖になっていました。そして息子(私の夫)の死から8年後、脳卒中を起こし、あっけなく帰らぬ人となってしまったのです。

葬式も終わり、ほっと一息、居間でほうじ茶を飲んでいると、夫のすぐ下の弟の龍雄が私を呼びに来ました。なんだろうと思って仏間に行くと、もう一人の弟、そして2人の妹たちが並んで座っていました。

「姉さんもこれまでよう頑張ってこられましたなぁ。しかしお父さんが亡くなってしまってはもうこの店は続けられませんやろ。ここはたった50坪ほどやけど、いい値が付いていると聞いていますから、この際、売ってしまって皆でそれぞれに分けたらどうやろうか。そのことを今4人で話してましたんや」

思いがけない龍雄の言葉に私は「そんな」と言ったきり、あとは何も言えませんでした。

 

お嫁さんは法定相続人ではありません

このお嫁さん、夕子さんには、ご自身の立場がなかなか理解できなかったのです。無理もありません。嫁にきてから、愛子ちゃんを生んだ時以外は、ほとんど休む暇もなく働いて店を支えてきたのです。まして、夫の道太郎さんが亡くなってからは、夕子さんが店の中心になりました。以前より店が繁盛して改築できたのも、夕子さんのアイデアと働きのおかげといっても過言ではありません。

しかし、店兼住居の敷地も建物も舅のものだったのです。舅が亡くなると、相続が発生します。舅は夕子さんに感謝していました。自分の始めた店をもっと大きく繁盛させてほしいと思っていたに違いありません。でも、その気持ちを遺言に残していくことを思いつくほど、法律を知ってはいなかったのです。夕子さんも仕事が忙しく、また面白くなってきて、そんなことを考える余裕も無い日々をすごしていたのです。せめて、舅が、病で数ヶ月床についていたりしていれば、誰かが知恵を授けてくれたかもしれませんが、脳卒中であっけなく亡くなってしまったのでした。

遺言が無いとなると、法定相続ということになります。

舅の法定相続人は、子供である弟2人・妹2人と孫の愛子ちゃんの5人で、法定相続分はそれぞれ5分の1ずつとなります。愛子ちゃんは先に死亡した長男に代わって代襲相続することができますが、嫁である夕子さんは法定相続人にはなり得ないのです。

夕子さんは、「たった5分の1ですか?どうしたら店を確保して、ここで商売をやっていけるでしょうか?今、店をとりあげられたら、私と愛子はどうやって食べていけばいいか。愛子はまだ高校生、私はもう48歳。ここを出て他の所で店を始めるほどの気力もお金もありません」と途方にくれていました。

なかなか話合いはつきませんでした。夕子さんには「あせらないでゆっくりやろう。話合いが長引けば、その間は店をやれるのだから」と何度もアドバイスしました。はじめのうちは不安病のようになって、最悪の場合を想像してはさらに悩むという状態で、仕事にも身が入らない始末でした。

やがて、しびれをきらした次男の龍男さんから遺産分割の調停(①)が家庭裁判所に申し立てられました。

  • 民法第907条(分割の実行)
  • 共同相続人は、第908条の規定によって被相続人が遺言で禁じた場合を除く外、何時でも、その協議で、遺産の分割をすることができる。
  • 遺産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができない時は、各共同相続人は、その分割を家庭裁判所に請求することができる。

調停では、店をここまでにしてきた夕子さんの貢献と、今後も店を維持していかなければ愛子ちゃんとの生活を支えられないこと、次男と三男は家を建てる時に舅から約500万円ずつ贈与を受けていること、長女と次女は嫁入り時に十分な支度をしてもらっていることなどを主張しました。寄与分特別受益の主張ですね。

あわてず、あせらず、ゆっくりと調停を進めました。人生は何が幸いするかわかりません。バブル崩壊の影響で地価がどんどん下がり、坪300万円台まで落ち込んできました。そこで、こちらから調停委員に打開策を提案してみたのです。

「今この土地建物を売っても、バブル崩壊後の買い手市場だから、1億5000万円くらいにしか売れないでしょう。一人当たり3000万円、弟さんたちは譲渡所得税が20%差し引かれますから、2400万円しか手許に残りません。この土地と建物を愛子さんに全部相続させてもらえれば、夕子さんのいくばくかの預金とこの土地建物を担保にして借りたお金で、弟さんたちに1人2400万円ずつ支払えるよう努力してみますが…」

弟さんたちも夕子さんと愛子ちゃんの今後のことを考えてくれ、この案をのんでくれました。夕子さんも「本当によかった。義弟たちにまとまったお金を支払うのは辛かったけど、借金を背負って、また、いっそう仕事に精が出るようになったんですよ。贅沢をせず、私と愛子名義の預貯金をかなりしていたのも幸いしたのです。このことで、わがままいっぱいだった愛子が、すすんで店を手伝ってくれるようになりました。自分もこの店のあとを継いでいくなんて、私を泣かせることまで言うようになって…」と涙ながらに語ってくれました。

夕子さんの場合、愛子ちゃんがいたので、何とかなりました。もし、子供がいないケースだったらと思うと、ちょっとゾッとしますね。

●解説●

お嫁さんの打つべき手は?

嫁は法定相続人ではありません。したがって当然法定相続分もありません。

そこで、義父母の世話をしている嫁たちから悲鳴のような不満の声を聞くことになります。

まして、このケースのように夫が先に死亡し、後に残った義父母の世話をし、家業も切り盛りしてきた嫁は報われません。

嫁が報われるには、次のような方法があります。

①義父や義母に遺言を作成してもらい、嫁(孫も含めて)に財産を遺贈してもらう。しかし遺言を作ってくれといっただけで、死ねというのかと、感情を害する人も多く、まして、嫁に遺贈する遺言を作成してもらうのはとても難しいことです。

②義父母と嫁とが養子縁組をする。養子縁組は実の子同様、法定相続人となります。ただし、嫁と養子縁組してくれる義父母はそれほど多いものではありません。

③義父母の世話をしたり、家業を切り盛りした分を、給料として毎月きちんともらう。この方法が義父母にとって一番抵抗が少ない方法なのではないでしょうか。とくに、家業をやっているならば、嫁も役員や従業員となって、十分な給料を帳面上だけではなくて、実際にもらい、自分の名義で預金し、自分の財産を作っておくことを勧めます。自分の財産を持っていると何が起きても強いものです。

 

でも、本当は「嫁」という言葉が世の中からなくなるといいという女性も多いのです。

地方へ行くと「嫁は○○家の子孫を産む道具」、「ただで働く便利な女」、「舅、姑の世話は嫁がするのが当然」という意識がまだ根強く残っています。老いた親の介護は、嫁や娘・妻など家庭内の女だけではできないのです。男性ももっと参加し、また介護保険を利用して、できる限りヘルパーさんにやってもらいましょう。

 

代襲相続

愛子さんの場合のように、息子が先に死亡している場合、孫が息子の代わりにおじいさんの遺産を相続します。

民法第887条では「被相続人の子が①相続の開始前に死亡した時②相続欠格事由に該当する時③推定相続人の廃除によって相続権を失った時は、その者の子が代襲して相続人(*)となる」としています。

 

(*)民法第889条8直系尊属・兄弟姉妹)

①次に掲げるものは第887条の規定によって相続人となるべきものがいない場合に

は、次の順位に従って相続人となる。

第1、直系尊属。但し、親等の異なる者の間では、その近い者を先にする。

第2、兄弟姉妹

②第887条②の規定は、前項第2号の場合これを準用する。