北村法律事務所 
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○離婚を拒否し続けた母が先に逝くなんて

父の家出

父が家を出たのは私が中学1年の時でした。父と母がうまく言っていないのはその3年ほど前から気が付いていました。ささいなことで夫婦喧嘩が始まる、父が茶碗をひっくり返す、母の髪の毛をつかんで引きずり回す。私と妹は「やめて、やめて」と叫びながら母をかばいますが、父に払いのけられ、泣きながら震えていたのを昨日の出来事のように思い出します。やがて父と母は口もきかなくなり、父は十分な生活費も入れなくなりました。そして家を出て行ったのです。

人の噂は私たち姉妹にも聞こえてきます。父は前から交際していた女と一緒に暮らしているというのです。数年後には、子供も生まれたと聞きました。

その頃だったと思うのですが、父から母宛てに手紙が来て、その中には離婚届が入っていました。「印を押して送り返せ」と添え書きしてあるだけで、私たちに元気かの一言も書いてありませんでした。

「勝手に女をつくって、離婚届一枚で、はい、さようならというわけにはいかないわよ」と母はつぶやきました。私も同じ思いで、離婚せずに苦しめてやればいいと思いました。

父が出ていってから母は収入を得るために、小学生や中学生に算数や英語を教え始めました。教え方がわかりやすく上手なので、生徒は確実に増えていきました。私も模擬テストや宿題の採点を手伝い、大学生になってからは講師も務めました。山本学習塾という看板を掲げ、塾生も講師の数も増えていきました。母はコツコツとためた資金でこの土地を買って、一階を塾にし、二階を住居とした建物も建てました。私は母の右腕となって塾を盛りたて、ローンもほとんど返し、最近の母親との会話では、少子化時代をどう勝ち抜くかという問題がもっぱらでした。

ところが、あんなに元気だった母がクモ膜下出血であっけなく他界してしまったのです。まだ53歳。こんなに早く逝ってしまうなんて私も妹も考えてもいませんでした。悲しんでいる余裕も無く、塾をどう切り盛りしていくか頭を悩まさなくてはなりませんでした。26歳の私があとを継いでやっていけるのか不安でたまりませんでした。

でも、まだ大学3年の妹がいます。頑張るしかありません。土地建物の名義を私と妹に移そうと思い司法書士事務所へ行きました。その司法書士さんは、お父さんの実印と印鑑証明書がないと所有権移転登記ができないと言います。今さら、父親に印をもらうために頭を下げるなんて…。

あの時、母は離婚しておいたほうが正しかったんだ。まさかこんなに早く死んでしまうとは思っていなかった。母は遺言も残していなかった。あぁ、あの時、離婚しておけばよかったのに。

 

●解説●

資産のある女性は遺言を

婚姻届を出した男女は離婚していない限り、どちらかが先に死亡した時に他方は法定相続人となり、法定相続分が2分の1あることになります。

このケースのように愛人の元に走ったり、暴力を振るった夫が許せなくて離婚を拒否する女性が結構あります。でも、男のほうがいつも資産があるとは限らないのです。このお母さんのように事業をやって成功し、財産を作る女性たちも少しずつ増えてきました。お母さんはもっと早くに離婚をしておくべきだったのです。少なくとも2人の娘たちにだけ相続させるという遺言を作っておいてほしかったですね。

でも、お母さんはまだ53歳。まさか、クモ膜下出血であっけなく死んでしまうとは、ご自身も思っていなかったのでしょう。だから、遺言のことなど思いもよらなかったのではないかと思われます。

愛人の元に走ってしまった人でも実の父親です。私は娘さんたち二人を励まして、父親に連絡を取りました。私も一緒に同行し、やんわりと奥さんが死亡したことを告げ、住居と塾を娘たちに相続させてほしいと頼みました。お父さんの暮らし向きはよさそうには見えませんでしたが、何か考え深げでした。後日、お願いしていた遺産分割協議書(全ての遺産を2人の娘が相続するという内容のもの)に署名して実印を押したものと、印鑑証明書を私宛てに送り返してくれました。父親としての情愛が残っていたのですね。